「地域デザイン」が新たな主役に

地域デザインという言葉には、大きな意味を込めています。

「フランスにはふたつの国がある」といわれています。パリとそれ以外の国が…。

フランスは農業国でもあります。プロヴァンスの人はパリの人を気取った外国人と見ています。ピカソもマティスもセザンヌもパリ以外のフランスを愛しました。

フランス革命を経験した国民は、権利を堂々と主張します。

ひるがえって日本は、多くがまだ中央にひれ伏しているように思えます。必要以上に周りを気にしているように思えます。地域を含めて自分に自信が持てないのです。

フランスのパリ以外もかっては王国や領主は統治する土地で、農業や漁業が主産業の土地であっても、それぞれに独自文化が育ち、それが今につながり発展しています。

日本では、「生かさず殺さず」という言葉が一次産業に当然のように長い間使われました。参勤交代のような中央集権、中央支配の施策により地域の疲弊はごく近年まで続きました。

しかしいま、地域を呪縛している中央を頂点とするピラミッド構造は徐々に崩壊しつつあります。

地域の生活は、情報や交通、物流の進化により大都市との格差が少なくなりました。さまざまな業種への就業機会も増えはじめました。

デザイン教育機関が地域に生まれはじめてほぼ半世紀になり、地域で創造活動を営む人も多くなりました。

そして、地域の人は最近中央の上から目線(中央視点)に違和感を覚えることが多くなりました。

地域を評価したり比較する風潮も、評価基準が中央の価値観である場合が多く、上から目線になりがちです。

最近発刊の「日本•地域•デザイン史Ⅱ」の、大阪万博は東京がつくった東京万博だった、函館市街に新幹線駅がつくられなくて良かった(歴史ある落着いた街が破壊から守られた)などは、本質をついた地域視点といえましょう。

いま、日本の各地域のデザインおよびデザイン活動は実に新鮮です。うわついていません。実力もついてきました。

身近な自然、広々とした居住空間、まわりをあまり気にせずに仕事に没頭できる社会環境。そこにこそ未来の生活環境があるのです

良き環境に住んでこそ、良いデザインが生まれるのです。最初から大量生産大量販売を考えないからこそ、良心的なデザインが生まれるのです。流行を気にしないから、むしろそこから流行が生まれるのです。

中央に住まないために中央の動き、世界の動きが冷静に見えるのです。

今日、大量生産大量流通の思考から生まれるものではなく、量的にまた認知度においてマイナーであっても質的に共感できるもの、住宅から家具、生活用品、着るもの、食べるもの、そして観光で訪れる場所にも、少なからぬ人が関心を寄せはじめています。

そこにこそ、多くの人口を抱える大都市圏ではない地域の出番があるのです。強力なグローバル志向へのアンチテーゼとして…。

 

そのような思いで地域デザイン研究に入りました。

本邦初の「地域デザイン史」は、この発想から生まれたのです。

いま「地域デザイン史つくろう!」と呼びかけています。

これまでの日本近代デザイン史は中央目線のデザイン史です。

地域デザイン史は、その地域がつくらない限り生まれないと、気づきました。

多くの人の協力で「日本•地域•デザイン史」が2巻迄発刊できました。

まだ氷山の一角に触れた程度と思いますが、地域の特徴が明らかにされ、また、先人が積み重ねた多くの知恵がそこに登場します。

地域が明日に羽ばたくためにご利用いただければ幸いです。